歯止めが利かない災害は管理方式と組織トップに問題がある
安全は結果責任である。現場で安全管理活動をいくら推進しても、1人の不注意で1件でも大きな災害を発生させれば、安全活動が活性化しているとは言えない。
しばらく無災害が続くと、安全活動がマンネリ化に陥っていることに気づきにくい。いったん、災害が発生すると歯止めが利かないことが多くなり、災害が連発する。そこで組織に住みついた危険の芽を速やかに摘み取ることが必要だ。 事故や災害の大半がヒューマンエラーで発生する。ミスやエラーの現れ方は異なっても、原因をナゼ、ナゼ、ナゼと突き詰めると共通した問題点に行き当たる。
それは、「日頃から現場に危険の芽としての小さな問題点があるが、言いたいことが言えない」また、「利益第一優先のため、問題を聞いてもらえない」、そして「各部署間の連絡と連携が滞り、コミュニケーションが芳しくない」などだ。
不安全行為を重ねると、それが当たり前となってしまう。当然、そこには「どうせ解決してはくれない」、「何を言っても同じ」との意識がなかったとは言い切れないことが推察できる。
また、日本人の場合、社内常識を優先する性向がある。最近は企業の安全文化が喧しく叫ばれているが、組織や個人における言動や集団の行動は、一朝一夕で変わるものではない。企業の風土・土壌が社風の形成がいかに重要であるかを改めて認識する次第である。
事故や災害が企業の安全文化に由来することはご承知の通りであるが、他企業で起きたトラブルを詳細に精査すると、共通の問題が出てくる。
まず、事故や災害が連続的に発生している企業に共通する問題は、「過去の成果を過信すること」だ。事故や災害はゼロ期間が続いても、その実績が今後のゼロトラブルを保証するものではない。
具体的にリスクが存在する限り、管理の漏れがあれば、いつ何時でも起こる可能性があるのだ。
2番目に「安全の意識の希薄化」だ。人も組織も何もないことを「順調」と称しているが、「順調」という言葉ほど怖いものはない。順調が組織内に蔓延すると、手抜きの管理と省略の作業が芽生えてくるのは職場の常である。
3番目は「安全の伝承」である。団塊世代の大量退職で、技能伝承問題が顕在化している。当然、企業は生き残りをかけてリストラや組織のスリム化を余儀なくされ、今更、バッチ当て式のOJTやOFF―JT を開始してもおぼつかない事態だ。それでなくとも、バブル崩壊後の10 年間で教育や研修を任せることができる指導者や講師を減らしてきたので、まともに教育ができる人は乏しい。また、派遣社員の問題も安全の伝承には無関係ではなかろう。
教育は、地道に繰り返して実施する他に手立てはない。各企業ともに実効性のある教育効果を望むならば、今までの2倍、3倍の期間の覚悟が必要だ。
4番目は、「平穏無事の危険を見逃す」こと。
事故や災害は2分の1の確率で発生することを知らずにいると、突然大きな事故・災害が発生するのが過去の教訓と言ってもよかろう。リスクのない職場はない。そのリスクを小さくするしかない。何も手立てを加えないと大きくなる。つまり、リスクをコントロールすること。災害が起きると「まさか」「めったに」「あんなところで」「予想しなかった」などの声を耳にするが、平穏無事こそ危険だということを忘れないで欲しい。
5番目が「過度の利益優先に走る」こと。当然、企業は利益が出なければ潰れる。そのことを恐れ、企業の基盤となる安全を無視したマネジメントや管理はよくない。しかし、企業が起こす不祥事に共通して言えることは「利益・効率第一主義」がいまだに横行していることだ。
最後に「環境変化に遅れをとった安全管理」だ。企業の財産は人、モノ、金、情報、技術、製品などであり、それらを取り巻く環境は日々変化している。その変化に合わせて働く人の意識や労働態様も大きく変化する。例えば、パートや派遣社員そしてグローバル化にともない、外国人社員の増加など、今やゼロ災確保は企業環境との戦いといってもよい。
まずは組織のトップが安全に対する意識を変えることだ。安全確保のために率先してリーダーシップをとっていこう。
イラスト 小島 早恵









