印刷に特化した日本唯一の専門学校である日本プリンティングアカデミー(JPA)で、生き残りのカギを探った。
研究開発でつなぐ
JPAがあるのは東京都文京区の小石川。周辺には共同印刷など、印刷関連の事業所や工場が点在する。
文京区にとって印刷・製本関連業は製造業出荷額の約9割を占める地場産業だ。ただ事業所数は2006年時点で1087と、20年前の半分以下に減った。
JPAは共同印刷がかつて運営していた印刷工芸高校の跡地に建っている。かつては工業高校や大学などに印刷科があったものの、再編などで次々に姿を消した。危機感を覚えた共同印刷社長(当時)の大橋貞雄氏と千葉大学工業短期大学部印刷工学科助教授(当時)の高畑傳氏が中心となり、印刷産業の教育機関設立に奔走。1978年にJPAを創立した。印刷機メーカーが寄贈した機械を授業に使い、実際に印刷物の受注生産もしている。
中小の印刷業者が「大手の下請けではなくOEM(相手先ブランド生産)だ」といえる存在感と技術力を示すためにはどうすれば良いか-。JPA理事長で金羊社(東京都大田区)社長の浅野健氏らが取り組んでいるのが、印刷の標準化だ。
「印刷業者は納期や価格については顧客にはっきり約束する。しかし品質に関しては必ずしもそうではない」(濱照彦JPA学校長)との思いが根底にある。2001年に研究に着手し、「QC鳥瞰(ちょうかん)図管理法」などを開発。チャートなどを活用することで印刷機や用紙、インクなどが違っても同等の色調を得られる手法だ。納期短縮やコストダウンにもつながるとしている。ドイツの測色機メーカー社長が視察に訪れるなど、徐々に知名度を高めている。
加工だけでは生き残れない
設立時にJPA関係者は企業後継者、企業からの派遣者、高校からの進学者がそれぞれ3分の1ずつ入学すると試算していた。しかし実際には全国の中小印刷業の後継者が大半だ。大学卒業後に入学するケースが多いという。学生数は50人程度だった時期もあったが、ここ10年は10数人だ。
リーダーになるためには、技術だけでなくマーケティングや経営の感覚も培う必要がある。学生らはインターネットなどを通して特徴ある印刷物を入手。研究に生かしている。「限りある設備で高付加価値印刷に取り組む方法を探ることが中小企業には大切」と学生の一人は語る。
年1回、フリーペーパー「WAVE文京」を発行。区内の産学の取り組みや飲食店、ファッションなどを特集している。印刷だけでなく企画や広告営業なども一貫して手がけることでビジネス感覚を磨くとともに、地域活性化にも寄与する狙いだ。
濱学校長は「加工賃だけで食べていける時代ではない。相手と良い関係を築きサポートしていく姿勢が大事だ」と力説する。
中小印刷業の存在感示す
1000人を越える卒業生は経営者や技術者、営業担当者などとして活躍している。年頭の懇親会「シンポシオン」には、全国から卒業生が地元の純米酒を持ち寄ってJPAに集まる。11年は北海道や鹿児島などから100人以上が参加した。
「中小の印刷業でも大手に勝てる」。14期の卒業生で亜細亜印刷(長野市)社長の藤森英夫氏は誇らしげに語る。同社の女性社員が10年10月の国内最終選考会を経て、11年10月にロンドンで開かれる第41回技能五輪国際大会「オフセット印刷職種」の代表候補者となった。
同社の社員数は75人。藤森社長は「各方面から応援を受け、中小企業から印刷業を押し上げる使命を担っていると感じるようになった」と決意をにじませる。
「JPAで学んだ人は日本各地で印刷に関わっている。このネットワークが一番の財産かもしれない」と濱学校長は語る。創意工夫と熱意が全国の印刷業を支えている。
【地域メモ】
文京区では住宅地である白山地区などでも、住宅の1階部分などで工場として印刷を手がけるケースが見られる。区によると事業所数のピークは昭和40~50年代。大手印刷会社が工場を地方に移転したり周辺で宅地化が進んだりしたのをきっかけに、下請けだった中小印刷会社も減ったという。
取材:江上佑美子(東京支社)









