読み物チャンネル

ねの巻 狙い打て自信と過信の落とし穴

いろはでたどる現場安全への道!!
狙い打て自信と過信の落とし穴

良い結果は自信、悪い結果は災害につながる

災害防止は「安全に」、「楽々と」、「標準動作で」、「効率的に」できたらいい。しかし現実はそんなに甘くない。そのため、職場では日々改善が進められ、働く人は乾いた雑巾を絞りながら知恵を出している。

確かに安全は重要だ。だが、安全のみに会社のお金を注ぎ込めば、会社は潰れかねない。たとえ改善が必要な個所があっても、あえてリスク残したままで作業をしなければならない場合がある。また、無理な日程での生産活動を要求されることもしばしばある。したがって、それぞれの立場や持ち場で葛藤しているのが実態だ。当然、これらの実情を踏まえて安全管理は行われるが、最終的には1人ひとりが安全に対する確かな感受性と職場に存在するリスクに関わる適切なコントロールができる管理活動を進めることだ。

モノづくり現場で発生する災害はいずれの場合も再発であることが多い。このことは自社のアクシデントはもとより、国内他社で発生した事故・災害の種類をみても、新たなものはなく、以前から発生しているものばかりである。たとえば、「挟まれ・巻き込まれ」、「切れ・こすれ」、「墜落・転落」、「激突・当てられ」および「感電」などであり、毎年、発刊される安全衛生年鑑(中災防)をみても、これらの災害が皆無になったことはない。安全活動は事故の種類を1件でも少なくするために日々、東奔西走しているのが安全管理の本質ではなかろうか。

職場における改善は不備や不具合そして不便などから発している場合が多い。そして改善案は過去の失敗をベースにすることがほとんどで、これは作業の技術や技能を習得する場合も同様であり、始めから成功することはなく、指導員から教えられらたポイントに対し、失敗を繰り返しながら作業の質を高めていく。しかし、指導員がいつまでもつきっきりで教えるわけにはいかない。特にアクシデントに遭遇しやすいのは、作業に慣れた時期だ。少々の慣れは自信が付く。この時期は機械や設備の操作に興味が沸き、機械・設備に潜む本当の怖さがわからずに操作することが多い。

もちろん、ベテランの作業者でもケガをする理由はいくつもある。「仕事を熟知しているので早合点する」、「手抜きしがちになる」そして「自信を持っているので確認をしない」などだ。その一方、ベテランの「良さ」は「経験に裏打ちされた作業の応用能力がある」そして「早く仕事ができるため、落ち着いた作業ができる」などだが、よい面は安全、悪い面は災害に結び付く。

一般的に、作業に関する知識や技能そして経験の少ない新人の方が被災する確率は高いが、災害はハインリッヒの法則(300:29:1)の法則に従い、ヒヤリハットに基づく不安全行動の繰り返しで発生する。少々不安全な行為でも、繰り返すと、「うまくやれば自分だけはケガすることはなかろう」と、自信が付く。その自信が時を経ると過信になり、過信が慢心となり、ある日、突然に災害に遭う。

今まで数百にわたる災害分析をし、被災者に対しての口頭面談を行ったが、「実は初めての不安全行為ではなく、過去に何回か被災時と同じことを実施した」との言葉を聴くことが非常に多い。「失敗は成功のもと」であるが、こと安全に関しては「不安全の行動の成功は失敗(災害)のもと」であることを認識すべきだ。

ある日、回転ローラに付着した異物を除去しようとローラ間に右の人差し指の先を巻き込む災害が発生した。当然、異物付着は異常の現象としてマシンを停止して処置をするように規定しているが、被災者は90m/分から20m/分にスピードをダウンした状態で手を出したのだ。この行動は先輩達がしており、真似をしたのだった。特に高速から低速へのスピードダウンは目の錯覚を招き、ほとんど停止した感覚に陥るのだ。

いまだに「赤信号、皆で渡れば怖くない」との考えがある。意識や行動の変革は1人ひとりの自覚が必要であるが、組織としての変革は1人ではできない。全員が過去に起きた事故や悲惨な災害の記憶を心に刻み、その痛みを共有することだ。

いずれの会社も、自社で発生した事故・災害はいくつもあるはずだ。同業他社の事例や参考事例はインターネットで検索すれば、手に入る。自社や自職場で実施している安全管理活動について第三者に指摘や批判などをしてもらい、「ここが危険だ」「あそこは管理の網が手薄だ」と指摘を受けることも災害防止の一策である。


イラスト 小島 早恵