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第55回 ユネスコ登録の「結城紬(つむぎ)」、新たな展開へ(茨城県)

ものづくり紀行
 2010年11月にユネスコの無形文化遺産に登録された伝統工芸品の絹織物「結城紬」。糸つむぎなどの全工程が手作業の結城市産が登録されたことから、結城市内の生産者や卸商は、この紬を「本場結城紬」として、一部自動化した常総市の「いしげ結城紬」と区別することもある。だが、どちらの産地も斜陽となった紬産業を復活させようという思いに変わりはない。生産者より卸商の意向が反映されやすい織物業界では、卸商の販売戦略に委ねられている。

県内にニつの産地

結城紬を地機織りする従業員(結城市の外山織物)
結城紬を地機織りする従業員(結城市の外山織物)

「軽くて温かく、風合いのある絹織物。継承された製法技術を身に付け、次世代に確実に伝えるのが作り手の仕事」。生産者組織、茨城県本場結城紬織物協同組合(茨城県結城市)の外山好夫理事長はこう言い切る。

結城紬(本場結城紬)は、糸にできないくずまゆを引き伸ばした綿状の絹を使う。20以上ある工程を全て手作業で行う。工程のうち、糸をつむぐ工程、かすりくくる工程、地機(じばた)で織る工程の三つが国の重要無形文化財の指定用件とされ、平織りの結城紬が56年に指定された。こうした背景から結城市の生産者や卸商は伝統を重んじる傾向にある。

一方、常総市(旧石下町)で受け継がれてきた「いしげ結城紬」は、早くから部分的に自動化したり、工程を簡略化する仕組みを取り入れてきた。「〝いしげ〟は国の重要無形文化財でもユネスコの無形文化遺産でもない。結城紬のすそ野開拓に役立ちたい」と、生産者組織、県結城郡織物協同組合(茨城県常総市)の小林茂博専務理事は話す。「本場結城紬は高価で買いにくいという人への最初の一歩になる。結城紬の姉妹品のように扱ってほしい」(小林氏)と、自ら「本場結城紬」と一線を引く。

衰退する紬業界、再興のために

紬業界はここ30―40年間、着物離れを主要因に衰退の一途をたどってきた。結城市の生産者組織は80年代前半まで850軒が登録していたが、現在は100軒まで減少。生産高も同時期の3万反強をピークに2000反強に激減。同様に常総市の生産者組織も100軒弱から26軒に、生産高もピークだった73年の22万反から1万3000反まで落ち込んだ。このため、「若い人に興味を持ってもらう仕掛けづくりは必要かもしれない」(外山氏)と、結城市の生産者に革新の心が芽生え始めている。

とは言え、結城市内の卸商が結城市と常総市の生産者に発注し、織り上がった反物を仕入れ、卸商が営業、販売する構図は変わらない。「作り手としては、何か新しい技術を導入してみたいとは思うが」(同)、「着物業界は卸商が生産者に反物を発注するのが一般的。卸商の方が生産者より力関係で勝るため、生産者による独自の紬生産は育ちにくい」(県工業技術センター繊維工業指導所の篠塚雅子紬技術部門長)。卸商や結城市の生産者などが集まり研究会を立ち上げ、「SHIMAYA」ブランドと店舗を結城市内に構えたが、検討課題も多い。このため、結城紬再興は卸商の力が頼りにされる。

それぞれの道

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老舗卸商、奥順(結城市)が3月に開催した京都展

老舗卸商の小倉商店(茨城県結城市)は、「かつて大手百貨店が訪問着に染め物の着物を提案し定着したように、織物の最高峰の結城紬を訪問着として提案したい」(小倉敏行社長)と話す。老舗卸商の奥庄(同)も「工業製品が中国や韓国に席巻されようとするなか、今、日本人が立ち返るべき精神が(本場)結城紬にはある」(奥沢宗吉社長)と今後も本場結城紬の風合いを守っていく考えだ。

一方、老舗卸商の奥順(同)は、本場結城紬といしげ結城紬の枠にとらわれない独自のブランド「ユーキ・オクジュン」を立ち上げた。

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2010年11月に開催した「きものDAY結城」 当日200人が自分好みの着ものを着て、結城市内を散策した

ショールや小物など、以前の結城紬の商品には見られなかった色やデザインを商品化した。「結城紬は世界一の絹織物と考えている。後世に伝えるためにも、世界の人に広く知ってもらうためにも着物とは違う商品を出したい」(奥沢武治専務)と、「本場」「いしげ」にとらわれず、着物以外の展示会にも積極的に参加している。国内だけでなく、5月にはニューヨークのインテリアデザインの展示会に参加するほか、9月にはフランスで開催される織物の最高峰の展示会にも参加する。

こうした動きに行政も後方支援に積極的だ。着物文化と紬の良さを広めるため、結城市観光協会が09年度から始めた「きものDAY結城」などに結城市は補助金事業を策定した。

11年度の当初予算ではプレミアム商品券を発行する予定だ。「ユネスコの登録を受けて、今後は各店舗にのぼり旗を立ててもらい、結城紬の町を広めていきたい」(同市商工観光課担当)としている。


【地域メモ】

茨城県南西部の結城市は、栃木県小山市とともにかつて養蚕で栄えた。『常陸国風土記』には結城(ゆふき)は、木綿(ゆふ)の原料となる「カジノキ」の生える場所とされており、クワ科の植物が当時多かった場所とされる。

取材:山谷逸平(茨城支局)